【ボヤ記】同じ『辞める』にしても理由があるのとないのでは違うって話

ボヤ記
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納得いかないので辞めます

朝起きれないので辞めます

最近、若者の仕事に対する考え方が変わってきていると聞く。

 

『働き方改革』なるものもそうなのだが、自分や家族の為の時間を増やしもっと人生を楽しもうみたいな雰囲気がある。

 

今回はそんな話。

『脱社畜』とは働かないことを肯定している言葉ではない

今の若い世代はキツイ、キタナイ、キケンな仕事はやりたがらない。

 

僕の周りにもそんな人が多くて。

 

何かのイベントを主催したり、ボランティアに参加したり、全国を旅したりと。

 

一体どこでお金を稼いでいるのか分からない。

 

生活費はどうしてるの?

 

と訪ねると、

 

お金なんていらない。その日その日に出会う人達にそれ以上の価値があるから。

 

と答える。

 

・・・いや、金はいるだろ?と僕は思う。

 

昨今、結構『脱社畜』を訴える人が増えている。

 

ユーチューバ―などもその一つで、好きな事を仕事にしようのスタンスだ。

 

フリーランスや脱サラ、とにかく自分主体で働く事の大切さや会社に縛られない事を推奨する人が多い。

 

現代の若者にはこれが良く響くみたいで、僕が勤めてる会社でも既に20代の子が2人も辞めてしまった。

 

もともと人が少ないクソ田舎の会社なので、これはもう死活問題だ。

 

僕のストレスも爆発寸前である。

 

まぁそれは置いといて。こうやって辞めていく子が多いのも事実な訳だ。

 

しかし『脱社畜』とは働かないってことを肯定している言葉では無いと思うのだ。

 

いろんなことに挑戦できる人は、社畜で終わらず、もっと自由にいろんなところへ飛び出して行こうぜって事だと思う。

 

働かない事を推奨している時代だと勘違いしている若者が多い。

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第一線で働くのはカッコ悪いことではない

では、彼らが推奨する『自由な働き方』を求めて、若者が全員辞めたとしよう。

 

その結果、人手不足で存続できず倒産する会社が増えるだろう。

 

社員やバイトが確保できず、営業できないお店が増えるだろう。

 

コンビニや飲食店、量販店もそれに含まれる。

 

するとどうなるでしょうか?

 

僕達が今、生活する上で普通に出来ていることが出来なくなるのだ。

 

なんか自分たちで自分たちの首を絞めてる気がしてならないでしょ?

 

社畜と言う言葉があるので、どうしても『第一線で働く人』のイメージが悪い。

 

やっぱり社長やってますとかの方が見栄えするしね。

 

でもそういった第一線にいる人達こそが、今の日本を、今の豊かな生活を支えているのではないのだろうか?

 

必死に頭を下げるお父さん・・・かっこいいじゃない。

 

汗をかいて働くお母さん・・・かっこいいじゃない。

 

嫌な事があったら逃げればいいとは思うのだが、何も考えずただ周りがそうだからと言って辞めるのはちょっと違いますよね。

 

今日から俺は自由に生きるっす!

 

と言って辞めた彼は、今後どうするのだろう。

 

彼の両親はどう思うのだろう・・・

 

脱サラして成功した人とかはもともとそういう才能が有っただけの話だと思う。

 

そういう才能が無い場合、簡単に会社を辞めるのは自殺行為だと感じるのだ。

まとめ

僕だってお金に余裕があれば仕事は辞めたいさ。

 

独立開業だってしたいさ。自由な時間で誰にも縛られずに仕事したいさ。

 

でもそれが難しいってのも分かるのです・・・

 

挑戦する覚悟が無いのであれば、とりあえずは大人しく仕事をすることを選ぶしかないのだ。

 

僕は世の中の人の為に働くのだ!役に立ってるのだ!社畜バンザーイ!

 

※こうやって社畜が生まれるのである。

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